
どこまでが「成長」で、どこからが「老い」?
この前テレビで、赤青鉛筆は見た目通りの色の境目で赤(または青)に切り替わっているのかというのを検証していました。
結果は見た目の中心からはちょっとずれていて、使い続けるうちに徐々に赤(または青)へと変化していくということが紹介されていました。
それをぼーっと見ていた時、なんとく「成長」と「老い」について意識が及びまして。
1歳の子が2歳になるのは「成長」と呼ぶけれど、74歳の人が75歳になるのは「老い」。
人間も赤青鉛筆みたいに、じんわりと成長→老いへと変化しているのならば、その境はどこにあるのか…。
そこで年上の知人数人に聞いてみたところ、「50歳を超えるとなんかくる」という人が多かったのであります。
金融系の職に就いている女性2名はリタイア後の研修が社内であるらしく、それを「たそがれ研修」と呼ぶんだそう。そうか。定年後の人生は、一日にたとえると夕暮れなのか。
32の自分だって、豆富なんか食べたら歯の間にめちゃくちゃ詰まってるし、徹夜したら翌日は廃人で、お酒も量が飲めなくなってきた。かといって精神構造は高校くらいから変わってない。うーむ。
でも確実に言えるのは、年々「どーでもいいや」と思うことが増えた気がするのです。かといってなにかを諦めているわけでもテキトーにしているわけでもなくて、「悩んでもしゃーない」と考えるようになったといいますか。「今」が楽しいことがとにかく大事。
これって、「残り時間」を自覚しはじめたサインですかね。
赤青鉛筆でいえば、別の色に変わりはじめているのかもわかりませんが、中間色の方が馴染みいいですもんね。洋服だって、グレーだとなんでも合うし。と、自分に言い聞かせてます。